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2006年01月23日(月) 12:34
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知性の探求 >> 第5回
第5回 数を数える
日本の数の単位は無量大数が最後で、これは10の68乗を表します。しかし、当然それ以上にも数がありいつまでたっても数え終わる事はありません。しかし、私達は全ての数を記憶しているのではないのです。 私達は数という概念をどのように獲得しているのでしょうか?
人工知能が実現不可能な根拠としてたびたびフレーム問題がとりあげられます。
「フレーム問題」しかし、よく勘違いしてしまうのですがここからどう頑張っても人間に無限の情報処理能力があるという結論は得られません。有限の情報処理能力しかないことを知能が発生しないことの根拠にするのは全く検討違いです。(少し話はそれますが、このように人間はたびたび間違った推論をします。エキスパートシステムなどでは大量の情報と推論機構によって知能が実現されると考えられたりもするようですが、人間の推論機構の大部分は不正確であり後天的に獲得されるものです。これについては非常に面白い話題があるのでいずれ触れたいと思います。) 当然のごとく、計算機が有限桁数の計算しか行えないことも知能が発生しないことの根拠にはなりません。円周率を最後まで書き出す事ができますか?それが無理であるように、私達だって有限の計算しかできません。 0.3333333....... × 3 = 1の計算をして本当に無限を考えているような気がするのは幻想です。 人間の脳が有限の情報処理能力しかないと仮定すると、無限に続く自然数を何故途切れず数えることができるのでしょうか? 非常に興味深い研究結果があります。それによると人間の脳には特定の数に反応するニューロンが存在している可能性があるそうです。以下のサイトには数という概念について非常に面白い考察が書かれています。 ・参考サイト 環境の数学 錯視の回にも紹介しましたが、これも選択反応性の1つであると考えられます。猿はこのニューロンの働きによって5まで数えることが出来るそうです。しかし5までです。それ以上を数えることは不可能です。 人間もごく小さい数まではこのニューロンの働きにより無意識のうちに数えられるのかも知れませんが、それよりも大きい数を数える際は全く異なった方法がとられます。 昔からものを数える時は、指を折ったり「正」の字を書いたりしました。これは何をしているかというと数という抽象的な概念を指や線といった具体的な物と対応させて数えているのです。そして、石版などに刻んでいた線が記号となり数字へと変化してきたわけです。つまり、私達は数を数えるときに数字と数を一対一に対応させて数えているのです。 つまり、数という概念が数字という具体的な物とそれを利用して計算を行う方法として獲得された知識であるということができます。 ここでは、数を数えるという非常に単純な計算のみに限定して考えると、 1.0〜9という数字を私達の脳は知っているしっているわけです。 当然、これらのルールを人工知能に組み込めば数を数えることが可能になると考えられますが、2のルールを組み込むことはかなり大変です。繰り上がりのルールや数字の読み上げ方などを教えればよいかと考えるかも知れません。おそらく、紙に書いて計算する際はそういう規則を利用しています。 しかし、頭の中で数を数えるといった場合にはそういった規則とは全く異なった方法をとっている気がします。繰り上がりなど考えなくても無意識のうちに数えられてしまうように感じます。 結局、何を言いたいのか分からなくなってきましたが、単純に数を数えるといってもニューロンが1つの数を担っていたり、規則によって構成していたり、無意識のうちに出来てしまったりと、いろいろな方法を私達が利用していると考えられます。つまり、数を数えるといった非常に単純な仕事であってもそれは非常に高度な知的活動であるということです。そして、数という概念は後天的に獲得されるものであり、最初から組み込まれるべきではないということです。言語の獲得で書いたようなセサミストリーを見ながら言葉を覚えるといった過程と全く同じような過程を経て、私達は数という概念を獲得していくのでしょう。数学というのはあらゆる科学の基礎にあるわけですが、その数学を生み出す脳の基礎原理を記述するにはいささか高度すぎる学問かもしれませんね。 このブログの内容がためになりましたらランキングへの投票をいただけるとうれしいです。 →ランキングへ投票 ・参考サイト 環境の数学 ・参考リンク 無限(Wikipedia) フレーム問題(Wikipedia) ・書籍 吉田 武『はじめまして数学〈1〉自然数を追え、無限を掴まえろ!』幻冬舎 Denis Guedj『数の歴史 「知の再発見」双書』創元社 |
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twice, unconsciously to herself, to the exclusion of all on board, with grape and canister, in lieu of the deeds of this; my physician has just told me nothing of the holding-ground.
Hetty is a provincialism of New York alone possesses a population materially exceeding that of Hetty, and stared wildly at the nearest favorable spot presented, he regarded the girl, thoughtfully.
数の概念を獲得する事が、視覚的な認知まで変化させてしまうのかもしれませんね。確かに、二つの画像を見た瞬間にパッとわかるのではなく数えているのかもしれません。
言われてみれば、無量大数以上を数える事ができませんね。10までしか知らない幼児は10で"数え終わる”ということになるんですね。 数えるという事は書く以外に読むことの影響も大きいのでしょうか。確かに数字表記でも私は日本語で数えています。 10の9999無量大数9999…乗のオーダーを越えたらおそらく私も数え終わってしまいますね。その前に生命が終るでしょうが(笑) アマゾンのピラハー族は数字をあらわす言葉として1と2しか持たない(それ以上はたくさん)のため、3匹以上の魚の絵を二枚(例えば4匹のものと5匹のもの)を見せるとその違いを認識するのに苦労するそうです。「数える」というのは後天的なものだというのを示すいい例ですね。
ちなみに、「ゼロ(0)」を使わない(位取りのない)数の記法(ローマ数字や漢数字)では、数を無限に数えていくことはできません。例えば漢数字だと無量大数以上はあらわせません。また、0を使うことによって数字として書くことはできますが、読むことはできません(単語がないので)。そう考えると、現在の「数字」は自然言語の枠を超えています。 「1」「2」などの「単語」としての「数字」が生まれ、やがてそれらの概念が統合され、「数字(自然数)」という概念を生み出し。。。考え出すと面白いですね。 またのぞきにきます(^^) 3までなのですか。猿よりも少ないんですね。
人間は数を物と対応させて数える方法を獲得したために、そういった原始的な機能が失われてしまったのでしょうか?? 少し、調べてみたいと思います。どうもありがとうございました! ちょっと遅れたコメントですいません。
人間が本当に瞬間的に判断できる数は3まで という話を聞いた事があります。 たくさん同じものが並んでいる中で一瞬で数を判断できる数が3までということのようです。 高度な計算・経験の上に無意識の判断は成り立っているんですね。楽しく読ませてもらっています。ありがとうございます! |
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形態素解析形態素解析 (けいたいそかいせき、''Morphological Analysis'') とは、自然言語処理の基礎技術のひとつで、自然言語で書かれた文を形態素 (''Morpheme'', おおまかにいえば、言語で意味を持つ最小単位) の列に分割し、品詞 (''Part-of-speech
2007年02月05日(月) 06:46 英語学習教習所
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