スポンサーサイト
--年--月--日(--) --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ↑top
[知性の探求] 第4回 錯視
2006年01月21日(土) 05:01
トップ >> 知性の探求 >> 第4回
第4回 錯視

©北岡明佳

上の絵を見て下さい。これは静止画ですが、5つの円盤が回転しているように見えます。これは、視覚に関する錯覚が発生しているわけですが、このような現象を錯視と言います。一口に錯視といっても様々な種類があり、作品を掲載させて頂いた北岡先生のホームページには実に多種多様な作品が公開されています。また、Illusion Forumには錯視と空耳に関する科学的な事項や「カニッツァの三角形」等の有名な錯視が紹介されています。

・参考サイト
北岡明佳の錯視のページ 
立命館大学 文学部 心理学科助教授 北岡明佳先生のホームページ
Illusion Forum
錯視・空耳についてのホームページ
この錯視ですが、その仕組みは厳密には解き明かされていません。しかし、錯視の種類によってその仕組みが異なっていると言うことは広く認識されています。脳科学の研究によって、視覚(視覚以外の知覚も同様ですが)の様々な側面は脳の異なる領域が担当していることが分かっています。例えば、第1次視覚野は特定の方向の線分にのみ反応するニューロン等が集まっています。このような性質を反応選択性といいます。線分のみでなく、円形や星型、特定方向への特定速度の運動などに反応するニューロンなども存在します。チャールス・グロス等の研究によると驚くべき事に、人の手や人の顔に反応するニューロンが存在する可能性もあります。俗におばあちゃん細胞仮説と呼ばれているものです。黄色いフォルクスワーゲン細胞仮説等とも言うようですね。素敵です(笑)
少し話がそれてしまいましたが、この他にも色に関するニューロン等が存在し視覚情報が様々な要素に分解されて脳の中で処理されていることが分かります。つまり、形が変わって見える錯視、見えない線分が見える錯視、色が変わって見える錯視等、錯視の種類によって対応する領域が異なっていると考えられるわけですね。
さて、今回はこの様々な錯視を紹介すると言う事が主旨ではありません。これら錯視現象に共通する性質について考察をしてみたいと思います。

書籍『脳とコンピュータはどう違うか』では、クオリアという考え方が紹介されていました。
次の写真を見て下さい。
© Illusion Forum
これはルビンの壷という有名なだまし絵(写真?)です。壷をはさんで二人の人間の横顔が見えますね。
さて、この写真ですが何回見ても壷の質感や色彩や明暗などの様子は同じです。同じものを見ているわけですから変わるわけはないのですが、このような視覚などに基づいて知覚される質感を感覚的クオリアと言います。
一方、例えば目を閉じてもこの壷の写真を思い浮かべる事ができます。つまり、頭の中で壷の質感等を作り上げることができます。また、もう一度写真を見て欲しいのですが、まばたきをしたり注意をそらしたりした際にこの写真がある時は壷に見えたり、あるときは人の顔に見えたりします。このように、私達はものを見る際にそれが何であるかという解釈を同時にしています。このような、心の中でつくり出される質感を志向的クオリアと言います。様々な錯視図形を見ていると、普段あまり意識していない感覚的クオリアと志向的クオリアという二つの知覚の存在をはっきりと確認することができますね。

さて、このことは私達の知覚が受動的なものだけでなく能動的な側面をもっているということを意味します。人間は、
感覚的クオリアと志向的クオリアを合成して一つの知覚を作り上げている。
と考えられるのです。現在の人工知能研究における画像解析では大抵の場合、入力処理と解釈処理はそれぞれ別々のフェーズで行われるので、この違いは考察するに値する問題です。(この事については、フィードバックループをもつニューラルネットワークでシミュレートできるか考え中です。おそらく無理なのですが(汗)、いずれ記事にしたいと思います。)

最後に様々な錯視図形を見ていて気づいた事があるので書いてみたいと思います。
まず、冒頭の円盤の回転などが特にそうですが一つの円盤に注視したとき、その円盤は動かず明らかに他の円盤が動いています。他の図形もいろいろ見ていましたが、注視点以外の場所で起こる錯視が結構多くありました。Change Blindnessの回に話しましたが、私達の視覚は全体を見ている様で実は伸ばした手にもった一円玉くらいの範囲しか見えていません。これは私の考えですが、おそらく注視点以外の部分の視覚は志向的クオリアによって補われているのではないでしょうか?正確に言えば、
注視点の視覚は感覚的クオリアが、注視点の外の視覚は志向的クオリアが支配的である。
という気がします。ルビンの壷の写真を見て下さい。人の顔の部分をじっとみていると壷の部分の存在感が大きくなってくるように感じます(私だけでしょうか?)。壷をじっとみていると逆の事が起こります。注視点の外は志向的クオリア、つまり頭の中で意味を持たせつくり出した映像と考えると説明できるような気もします。

2つ目に気づいた事は、ほとんどの錯視図形はそれが錯視図形であるということを意識しても錯視が起こります。つまり、錯視現象は意識的に制御できません。さきほど、志向的クオリアは解釈によって作られる質感だと書きましたが、無意識のうちに解釈が行われているのではないでしょうか。心や意識を生じる脳は非常に神秘的な存在ですが、私はここに意識の届かない黙々と機械的に処理を行う部分の存在をかいま見たような気がします。

このブログの内容がためになりましたらランキングへの投票をいただけるとうれしいです。 →ランキングへ投票
・書籍
茂木健一郎・田谷文彦『脳とコンピュータはどう違うか-究極のコンピュータは意識を持つか』講談社

・参考サイト
北岡明佳の錯視のページ 
Illusion Forum

・参考リンク
錯視(Wikipedia)
反応選択性ー手ニューロンの発見
クオリア(Wikipedia)
スポンサーサイト
別窓 | 知性の探求 | コメント:2 | トラックバック:2 | ↑top
<<[知性の探求] 第5回 数を数える | AI開発ノート | [愛すべきAI/Robot達] 第4回 ATRON>>
この記事へのコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2008年12月11日(木) 21:21 | | #[ 内容変更]

インタレストスワップとは、金利スワップのこと http://sphere.catvtestchips.com/
2008年09月01日(月) 06:18 | URL | #-[ 内容変更]

↑top | under↓
コメントの投稿














管理者だけに閲覧

この記事のトラックバック
トラックバックURL

list FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
いろいろしている筈ですが、報告できるような成果は何一つあがっていませんよ?madさんの所で錯視の記事を読んでクラクラしましたよ?この、円が動いて見える錯視は、視細胞の残
2006年01月24日(火) 14:41 LEDが眩しくて

錯視錯視(さくし)とは、視覚に関する錯覚のことである。俗に「目の錯覚」ともよばれる。生理的錯覚に属するもの、特に幾何学的錯視については多くの種類が知られている。トロンプ・ルイユ|だまし絵とはことなる原理による。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotat
2007年10月05日(金) 20:56 デザイン用語【か~た行】

↑top | under↓
| AI開発ノート |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。